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Go to Mozambique(モザンビークへの旅)その5

旅行

さてモザンビーク島に入島二日目、ホテル一階のレストランで朝食。普通にトーストとオムレツ、ソーセージ、後でフルーツが出てくると言っていたが、30分経っても出てこず、息子が何かしゃべると、おう!と言って、20分ほどして皮が剥かれたみかんが出てくる。これって剥かずにそのまま出してくれれば良いのに。乾燥してパリパリだし。※どうも忘れていて、尚且つ果物が在庫切れだったみたい。翌朝は普通にフルーツが数種類デザート皿で出てきました。

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↓看板には色々とメニューが書いてあるが、全部出せるわけではないみたい。

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食後、ぼちぼち歩いて観光しようかと、島内観光へ。天気にも恵まれ、青空と白い建物、遺跡、海のコントラストがとても綺麗で、映画のワンシーンみたい。乾いた空気が余計そう感じさせるのか。少なくとも東南アジアの湿った空気とは違いますね。乾季に来て良かったかも。

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↓ほとんどの車が日本製。頑丈だから、あと部品が取りやすいって理由だそう。

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↓何かの公館か事務所?向こうに見えるのはインド洋の海原。

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お昼は海沿いのレストランへ。夕日も見えるそうだが、ここよりもう少し北側のレストランが綺麗な夕日が見えるとのこと。

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向こう側はアフリカ大陸。

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昼食後、要塞の跡地や公館(史跡)などを巡り、ついでに映画館跡や日本のODAで造られた学校なども見学。

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※日本のODAで造られた学校らしい

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どんな人が見に来ていたのだろう。

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バスコ・ダ・ガマ銅像

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ファランだらけのカフェでモザンビークビール。割といけます。

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夕暮れ前にサンセットビーチにあるレストランへ。ここは2階から上がホテルになっており、テラス席の横はプールがあり、インド?の家族が親子連れで泳いでいた。

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ここで、アフリカ大陸側に落ちていく夕日を眺めつついただくディナー、お勧めです。シーフード料理を中心に色々と頂いたが、結構いけてます。

その後ホテルに戻り、またもや親子で二次会、いやあ、モザンビーク島よかですばい。
翌朝、大体、島の配置が頭に入ったので、5時過ぎに起きだし散歩へ。既に朝からホテル従業員が、プールやホテルの中庭、道路の清掃をしていた。モーニンと声をかけ、玄関を出て海岸へ。まず東側海岸へ向かい、ご来光を拝む。多分、アフリカでご来光を拝むなんて、二度とないだろう。

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海辺の売店もまだ無人

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桟橋も無人

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その後、要塞方面へ向かい、海岸沿いを歩いていくと、どこからかエンジンの音が。今時なんだろうと音のする方へ行ってみると、ボーダフォンの電波基地局の自家発電が動き出したようだ。多分、島内の商業電力がダウンしたと思われ、その後ホテルに戻ってみると、案の定停電していた様子。
※次の日の朝、ナンプラ市内も停電が起き、私達のホテルも5分ほどの停電の後、自家発電で復旧。息子のホテルは停電しっぱなしだったそうだ。(自家発電がついてないため)、それ以来。エレベーターは出来るだけ乗らないことにしました。
さて、昼前にチェックアウトし、お迎えの運転手君を待ち、モザンビーク島を後にします。とても気持ちの良いリゾート地だったけど、もう来ることはないだろうね。
またもや一車線しかない橋を渡り、検問に出会うなよと祈りつつナンプラへ。

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帰りはスムーズに流れ、市場で押し寄せるバナナ売りやニワトリ売り(笑)を避けつつ、無事にホテルへ到着。しばし休憩の後に、こじゃれたイタリアンレストランに予約を入れたというので、夕方までお休み。(こちらで過ごす日本人夫婦と子供さん、もう一人JAICAの隊員と一緒に会食です)

夕方6時ごろ、またもや好青年ドライバーが迎えに来てくれ、車で10分ほどのレストランへ。意外と新しめの商業ビルの2階にその店はありました。先に来てくれていたYご夫妻と、I隊員(息子の後輩とのこと)とで、楽しく愉快なひと時を過ごすことが出来ました。こちらで過ごすご夫妻の子供さんが、ダニにやられて困っているそうで、息子から言われて買ってきたダニアースを手渡すと、涙ぐんでまで喜んでいただき恐縮しきり。息子よ、そんな事情ならダニアースを(ついでにムヒなんかも)箱買いしていったのに、きちんと伝えておくれ。でもお役に立てて良かった。その後、小さいお子様とご夫婦はここでお別れし、I隊員と一緒にホテルでまたもや二次会。いやあ、アフリカでも酒はうまい。そんなこんなで、ナンプラ最後の夜は更けていったのでした。

さて、翌朝、ホテルで朝食後(しばしの停電の後)、荷物をまとめチェックアウト準備。いらない物は息子に渡し、日本に持ち帰る物のみ、パッキング。特にタイで使わない衣類や土産等をスーツケースに詰めて、こちらはバンコクスワンナブーム空港)到着後、そのまま空港に預けておきます。10時過ぎにチェックアウトし、ドライバー君が来てくれ、空港へ行く途中で、息子が勤務する大学を見学することに。意外とホテルからも近く、息子は徒歩で3~40分掛けて通勤しているとのこと。物騒じゃないのか?と問うも、まあ軽犯罪は多いけどね、とあっさりとしたもの。うーん、強くなったねえ。

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大学に来ると、やはり他の現地住民と違い、100%靴を履いている。(外では、サンダル履きが多く、田舎では1/3が裸足)。また皆、こじゃれたカッコをしており、日本の学生とあまり変わらん。昨日まで見ていた住民と比べ、貧富の差は確実にありますねえ。

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お昼近くなって、空港へ向かい、ここで4日間お世話になったドライバー君ともお別れ。本当にお世話になりました。息子を宜しくね、とさよならを言い、空港へ。さあ、またもや悪徳係員ととのバトルが待っています。
空港の入口前で、タクシー業者などと並んで、ラッピングサービスの業者さんが4人ほど並んでいました。息子に聞けば、2~300円程度で、スーツケースをぐるぐる巻きにしてくれるそうで、すぐさまお願いすることに。せめてもの悪徳係員への抵抗です。ここまでぐるぐる巻きなら、また開けて見せろとは言わんだろう。
中に入り、南アフリカ航空のカウンターで搭乗手続きを。持って行った南アフリカ航空カタール航空のEチケットを両方見せつつ、バンコクまでスーツケースをスルーで送ってね、と必死で頼み込む。(だって、きちんと出国できていない南アフリカに再入国することは、何としても避けたい!その為にはスルーでトランジットの必要があります。)横から息子もポル語で手助けしてくれ、何とか手書き!の航空券と、バンコク受取りの荷物タグを渡してくれました。まあ、後は南アフリカ航空を信ずるのみ。それと、ちょいとばかりの神様の思し召しがあれば…大丈夫でしょう。あーめん。

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さあて、その後は搭乗時刻まで2階の食堂で待ち時間をつぶすことにします。ここで、最後のモザンビークビールをと頼み、テーブルにあまりやる気のないお姉さんが瓶ビールを持ってきてくれ、その場で栓を抜いてくれたのですが…。中身はなんと水。泡が立つどころか、どうみても只の水。息子にコップをと頼んでもらい、お姉さんに目の前で注いで見せて、納得した様子。その後ちゃんとビールが届きましたが、まあこれもアフリカですね。でもどうしたら、こんなミスが?一ケース位、水が入ったビールが出荷されたんじゃないか?まあ、この食堂もメニュー表にあるうち、2~3割しか料理が頼めませんでしたが。だったらメニュー表の意味があまりないような。う-ん。

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ここで、先程受付してくれた南アフリカ航空の職員がやってきて、私達を見つけるなり、新しいボーディングパスを手渡してくれました。先程は発券機の不調で手書きしか出せなかったが、きちんと差し替え分を持ってきたとのこと。※わざわざ私達を探して2階の食堂まで来てくれたんですね。手書きの航空券なんて大丈夫か?と疑った私を許してくださいな。その後、受託荷物もちゃんとバンコクまで届きました。南アフリカ航空の皆さん、本当に有難うございました。お陰様で南アフリカにも入国せずに済みました。←ここ重要。
とここで、1本目のビールも飲み干さないうちに、今度は空港職員からの呼出しがあったみたいで、息子がちょっと言ってくると言い残し、空港の荷物受託カウンターへ。5分程して、息子から「カウンターまでちょっと来て」とのこと、何かと行ってみると、係員がX線機械を見ながら「怪しい長方形の物体がある」とのこと。息子から「これは何?」と聞かれ、「ああ、肩とひじの痛みに這ってる湿布薬だね、多分モーラステープのアルミ袋。」と応えるも、湿布薬ってポルトガル語でなんて言うんだ?英語だと、パップメディスンか?(フォメンテーションだって、ポル語だとフォメント?)。うーん、息子も説明に困り、多分、ポル語で、痛み止めとかなんとか言ってたんだろう、と思う。その後、5分ほどのやり取りで、何とかお許しをいただいた。
そうこうするうち、食堂に他の団体(南米かな)もやってきて、なかなか賑やかに。息子曰く「この団体と一緒に、出国審査を受けた方がいい」。一番理想は中国の団体客だそうで、ワイワイがやがやとがなり立てるため、随分チェックが緩くなり、その分悪徳度合いも?減るんだそうな。役に立つじゃん、こんなときは。

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搭乗1時間くらい前になり、南米軍団が降り始めたため、ここぞとばかりに後に従い、さも一緒のように審査場へ。ここで出国カードを渡され、中はちょっとしたパニック状態。なんで、手前のスペースで渡して記入した後で入室させない??。狭い室内に記帳台も余りないようなところで、十数人がいっぺんに(しかもポルトガル語で記載してある)出国カードを書かねばならず、係官に「#%&$|\\」とがなり立てる者、知人同士で見合いながら適当に書き込んでいる者、またもやカオスである。ここは入り口近くまで引き換えし、待機していた息子へ記入方法を聞きながら、何とか記入。家内の分は息子に書いてもらい、やっと審査の係官へ提出。厳しい目つきの出国係官から、「出国に際しドルはいくら持ち出すのか」と問われ、財布の中を見せて「この300$だけだ、後は日本円とタイバーツ」(実際はマネーベルトにあと500$入れてた)。メティカルはと聞かれ、胸のポケットから出した500メティカル札を見せ「ディスマネーオンリー」で何とか、出国OK。後ろで不安げな顔つきの家内も指差し、「シーイズマイワイフ、ノーマネー」なんて会話で、以外にもすんなりと通してくれました。
ふう、入国も大変だったけど、出国するのも一苦労ですな。
その後、14時15分に無事に南アフリカ航空SA823便で飛び立ち、タンボ空港に16時50分に到着しました。(もうちょい続く)